制作ノート ・ 2026-08-27
文字起こしを、読める状態にするまで
音声認識が出した文章に何が起きていて、そこから誰が何を直しているか。実例で全部出します。
このサイトは、番組の音声を文字にして検索できるようにしたものです。 ただ、機械が書き起こした文章は、そのままでは読めたものではありません。 ここでは公開までに何をしているかを、実際に直した箇所を出しながら説明します。
例はすべて実物です。どの回のものかも書きます。
1. 機械が書き起こしたもの
音声認識には Whisper を使っています。精度は高いのですが、 知らない言葉は知っている言葉に化けます。 「慶應の教授を呼び出して説教しました。」(2026年7月14日公開)の冒頭は、こうなりました。
| 機械が出した文字 | 実際に言っていること |
|---|---|
| 急に学生服着せられて、堀本さんに呼び出されて | 急に学生服着せられて、堀元さんに呼び出されて |
| 井上田言語学チャンネルっていう。 | いのほた言語学チャンネルっていう。 |
| 版書するんだ。 | 板書するんだ。 |
| 死後禁止だ。 | 私語禁止だ。 |
1行目の「堀本」は、番組のMCである堀元見さんの名字です。 出演者の名前は全721回にわたって何百回も出てくるので、 ここを取り違えるとサイト全体で間違い続けることになります。 このサイトでは、出演者・ゲスト・番組名は最優先で確認する対象にしています。
ただ、これはまだ穏やかなほうです。 実際に直してきた記録を見ると、壊れ方には三つの型があります。
型1: 日本語ですらないもの
知らない語に出くわすと、音声認識は文字を並べただけのものを出します。
| 機械が出した文字 | 実際に言っていること |
|---|---|
| 厳重無弁弁弁弁弁 | 幻獣ムベンベ |
| シャバーゾゾゾクソ白 | シャバ僧 |
| 玉石根高 | 玉石混淆 |
| 試写誤入 | 四捨五入 |
| 手汗が妖怪液 | 手汗が溶解液 |
この型は、読めば誰でも気づきます。厄介なのは次の二つです。
型2: 意味の通る、別の日本語になるもの
読んでも引っかかりません。文として成立しているからです。
| 機械が出した文字 | 実際に言っていること |
|---|---|
| 島根太大全 | 下ネタ大全 |
| 新庁舎 | 新潮社 |
| 高齢で言わないと | 校閲で言わないと |
| 大室に立ち上がって電票 | おもむろに立ち上がって伝票 |
| 自称コツ | 耳小骨 |
| エロキン | 身代金 |
この型がいちばん危ない理由は、読んでも止まらないことです。 「島根太大全」は島根の本のタイトルに見えますし、「新庁舎」も普通の言葉です。 どちらも書名と出版社名で、間違えたまま置いておくわけにはいきません。 それでも文としては通ってしまうので、内容を知らずに読み流すと素通りします。
型3: 決まり文句が、毎回ちがう形に壊れるもの
番組の締めの一文は「一介の言語オタクが」で始まります。 全721回で141回出てくる、この番組の看板と言っていい表現です。 ここが、記録されているだけで9通りに化けていました。
一回の / 1回の / 一階の / 二回の / 二人の / 2人の / いい歳の / 我々の / 市井の
同じ言い回しなのに、毎回ちがう壊れ方をする。 つまり「この誤りを探す」という方針が立てられません。 番組の定番企画「インプット奴隷合宿」も同じで、 「インプと奴隷がしく」「インプットドレー合宿」など9通りに散っていました。 「合宿」が「がしく」に、「奴隷」が「ドレー」に化けるためです。
この型は検索では絶対に見つかりません。 正しい形で検索しても出てこないし、 どんな形に化けているかは、実際に読むまで分からないからです。
2. 表記が違っても、同じ場面に辿り着けるようにする
直すだけでは足りません。探す側も、正しい表記を知っているとは限らないからです。
番組で「ガヴァガイ」という言葉を聞いた人が、あとで検索するとき 「ガバガイ」と打つのは自然なことです。うろ覚えで探すのが普通ですし、 そもそも正しい綴りを覚えている人のほうが少ない。 ここで0件を返すサイトは、使い物になりません。
そこで、各発言について3つの形を持たせています。
検索する言葉も同じように読みへ変換してから照合するので、 漢字が違っても、カタカナの揺れがあっても、読みが同じなら同じ場面に届きます。
| こう打っても | こう打っても | 同じ場面に届く |
|---|---|---|
| ガヴァガイ | ガバガイ | 19本の回 |
| 私語禁止 | 死後禁止 | 同じ1箇所 |
おもしろいのは、先ほど直した「死後禁止」でも、ちゃんと「私語禁止だ。」に辿り着くことです。 読みが同じだからです。つまり本文を正しく直したうえで、 間違った覚え方をしている人も取りこぼさないようにしてあります。
読み方まで勘違いしている場合にも、もう一段だけ手当てをしています。 番組の造語「耐バカ性」を「対バカ性」だと思って検索すると、 読みは「たいばかせい」と「ついばかせい」で違うため、そのままでは0件です。 0件になったときにかぎり、漢字の別の読み方も候補に加えて探し直すようにしてあり、 この場合も目的の場面に届きます。
この救済は0件のときだけ行います。最初から候補を広げると、 「方言」が「方位」を拾うような取り違えが起きるためです。 普通に見つかるうちは厳密に、見つからないときだけ広く。この順番にしています。
3. 同じ間違いは、二度と人が直さない
音声認識の間違いには癖があります。同じ語は、何十本先の回でも同じように化けます。 そこで一度確定した「誤り→正しい形」は辞書に登録し、書き起こした直後に自動で置き換える ようにしています。先ほどの回で確定した「いのほた」も、登録された結果、 以降の回では人が触る前に直っています。
ただし、この自動置換は雑に行うと壊れます。 たとえば「尻→お尻」を登録すると、「尻尾」「帳尻」まで書き換わります。 そこで登録の条件を1つに絞りました。
その誤った形が、番組の全発言のなかで一度も正しい用法として出てこないこと
登録の前に、全721回・約130万件の発言を検索して、誤った形が1件も残っていないことを確認します。 0件でなければ登録しません。「文脈によっては正しいかもしれない語」は、 自動化の対象から外して人の判断に回します。
もうひとつ、機械にしかできない仕事があります。 音声認識は、ときどき実在しない話者名を勝手に挿入します。 この番組では出演者でない人名が行頭に大量に混ざったことがあり、 1本の回で数百箇所に及んだこともありました。 これは取り込んだ直後に自動で掃除し、知らない名前が急に増えたら警告を出すようにしています。
4. 機械では届かないもの
問題はここからです。音からは絶対に復元できない言葉があります。
先ほどの「慶應の教授を呼び出して説教しました。」の回では、 ゲストの井上逸兵先生がご自身の論文タイトルを読み上げる場面があります。 機械はこう書きました。
エンレジスタメント、カッコエンレジスタメント、ポツ、レジスターカト、レジスター。
「カッコ」は括弧、「ポツ」は中黒、「カト」は「化と」です。 音だけを聞けば、この通りに聞こえます。正解は画面に出ていました。
確定した文はこうなります。
エンレジスタメント(enregisterment・レジスター化)とレジスター
これは辞書にも文脈にも書いていません。 動画の該当箇所を1秒ずつ切り出して、画面に映った文字を読むしかない。 このサイトでは、判断がつかない箇所はすべてこの方法で確認しています。
5. それでも見逃す
ここまで行っても漏れます。しかも漏れ方に癖があります。
同じ回のゲストのチャンネル名を、作業側は「イノホタ」とカタカナで登録していました。 音は合っています。しかし公式表記はひらがなの「いのほた」です。 番組を見ている人でなければ気づけません。
運営している安東が視聴中に気づいて指摘し、 そこから全回を調べ直したところ、同じ間違いが他の回にも入っていました。 まとめて直しています。
似た例は他にもあります。
| 登録されていた形 | 正しい形 | 気づいた理由 |
|---|---|---|
| フォレスト | Forest | 英文法書『総合英語Forest』。表紙は英字 |
| 絵原雄山 | 海原雄山 | 『美味しんぼ』の登場人物 |
| ツンドク | 積読 | 番組の関連チャンネル名にも使われる語 |
| マキタ | 槙田 | 人名。読みは合っているが漢字が要る |
どれも、その作品や分野を知っている人でなければ気づけないものです。 機械にとっては、どちらも自然な日本語に見えています。
6. 仕組みにしていること
ここまでの話は、毎回ゼロから頑張っているという意味ではありません。 失敗するたびに、その失敗が二度と起きない形に変えてきました。 現在はこの順で作業しています。
- 全文を人が通しで読む。機械的な検査より先に、日本語として変な箇所を拾います
- 確定済みの誤りを辞書で自動修正。人が同じ間違いを二度直さない
- 判断がつかない箇所は、画面の文字を見る。
その箇所の前後を1秒ずつ静止画に切り出し、テロップに正解が出ていないかを確かめます。
発話より前にテロップが出ることも、言い終わったあとに残ることもあるので、
前後およそ20秒を対象にします。似た絵が続く箇所は間引いて、
1枚の縦長の画像にまとめてから読みます。
以前は2秒ずつで見ていて、その隙間に出ていたテロップを丸ごと見落としていました。 1秒ずつに変えたところ、「テロップに出ていない」と判断していた箇所の半分近くで、実際には出ていた ことが分かりました
- 同じ語でも、1件ずつ判断する。まとめて置き換えません。 番組はわざと言い分けることがあるためです。 「早口言葉のバスガス爆発って、バスが酢爆発だと思って読むと噛まない」を 両方とも「バスガス爆発」にしてネタを消したことがあります
- それでも確定しない箇所は、直さずに残す。 推測で文章を作ると、誤字より質の悪い間違いになります。 残した箇所は管理画面の一覧に登録し、後から人が判断します
この作業の量
音声認識は下訳です。そこから先の、どれを直しどれを残すかの判断は、 番組を見ている人間にしかできません。このサイトが行っているのは、その部分です。
記載した数字は、2026年8月28日時点でデータベースを集計した実測値です。 画面写真は該当動画からの引用で、著作権は番組に帰属します。